藤原浩とは?


「作り手と食べ手を笑顔で繋ぐ架け橋になる。」をモットーに、食業界の発展に貢献すべく“食のエキスパート”として、食・食空間を総合的に評価できる知識・教養・マナーを身に付けたフードアナリストの育成に尽力する。また、TV番組の企画・構成、コメンテーターなど幅広く活躍する “フードアナリスト界の星”。
1964年 岡山県 出身。
TVの構成作家に弟子入り後、番組制作業務に携わる。その経験を活かし、CMやTVドラマなどの音楽制作プロダクション会社に入社。
その後、広告代理業務に従事し、主にアパレル事業を支援。リーバイスの販売コンテストで日本一を達成(20,000店舗中)。アメリカ本社に招待されて表彰を受け、セールスマスターとしてマーケティングアドバイザーを兼任。
世界一のマネジメントを目指し、モータースポーツ界に転進。イタリアを拠点として世界全大陸を転戦。マネジメントしたレーサーが世界チャンピオンになり、その功績からヨーロッパでの地位を確立。
現在、食文化研究、各種メディア出演、情報・報道・バラエティー番組でのコメンテーターや番組監修、執筆活動、講演活動、法政大学のエクステンションカレッジ講師、企業などへのアイデア提供やプロモーション計画立案など、多くのステージで活躍。また、(社)日本フードアナリスト協会スーパーバイザーとして、フードアナリスト育成にも尽力。主任講師として、その幅広い知識とグローバルな見識で、人気を博し、全国を飛び廻っている。
2009年秋に出版のレストラン格付けガイドブック「アテナイオス」の格付選定委員会 委員長。
プライベートでは、家族をこよなく愛するよき夫でもある。

フジテレビ「めざましテレビ」、「もしもツアーズ」、日本テレビ「あさ天サタデー」、テレビ朝日「世界のGOOD日本&BAD日本」、「クイズ雑学王」、テレビ信州「ゆうがたGet!」など、多数出演。
フジテレビ「ゴールデンラッシュ嵐」、テレビ朝日「世界のGOOD日本&BAD日本」など、企画・監修。
FOODEX2008(幕張メッセ)、HOTERES2008(東京ビッグサイト)、International SeaFood Show2008(東京ビッグサイト)、New Food Show2008(さいたまスーパーアリーナ)にて、特別講演。
@nifty厳選レストラン コラムニスト。



この世界を選んだきっかけ・原点~成功へのヒストリー
モータースポーツ界に転進し、30代の7年間をイタリアに拠点を置き、年間、世界全大陸の100都市以上を巡っていました。そんなビジネスライクの中で唯一の楽しみが、その土地のトップシェフが作るお料理を食べることでした。所属するモータースポーツチームのスポンサーだったミシュランのスタッフたちとも200店舗以上のレストランに行きましたね。また、住んでいたイタリアの町は日本の古きよき昭和の文化を彷彿させる情緒豊かな町で、ランチタイムになると、皆、家に帰って、家族と食事をする。だからなのか、僕がヨーロッパの有名なシェフに『原点は?』と聞いた時には、必ず口を揃えたかのように『おばあちゃんの料理です。』と答えたのかもしれませんね。ヨーロッパ生活中に、ミシュランガイドを片手の食べ歩きで各地を巡り、素晴らしい料理や料理人に出会ったことで、食に興味を持ち、食文化の研究を始めました。」

そんな藤原先生の子供時代は…。
「祖父母に可愛がられて育ちました。覚えてないのですが、子供の頃から、必ず二人で物を食べる時は半っこ。いつも、人数に合わせて分けていたようです。幼い頃から、平和主義、利益は平等に…。今と変わらないですね(笑)。」 また、高校生の時には…。 「高校3年生の冬休みに、新幹線の売り子のアルバイトをしていたことがあります。岡山と東京を何度も往復するのですが、僕は、一往復半で全商品を売っていました。普通は二往復以上かかるので、その当時、“高校生の売り子”と、ちょっと有名になりました(笑)。その当時から、お客様の気持ちを一番に考えていました。例えば、自分だったら食後、アイスが食べたくなるなと思ったら、お客様の食事が終わる頃に、カチカチのアイスが程よく柔らかくなるように用意しておいてお勧めする。お弁当のゴミを片付けてあげる。そんな風にして、お客様に喜んでいただけることをモットーに仕事をしていました。それは、30歳の頃、リーバイスオンリーショップで、坪単価の売り上げ世界一になった時も同じです。商品の割引は一切しませんでした。メーカーにはメーカーの物語があります。だから、僕はアフターケアで勝負しました。アメリカから裾上げの機械を取り寄せて、メーカーと同じ縫製にしました。その結果、商品価値を維持できるケアとなり、お客様に喜んでいただくことができました。僕はいつも、お客様満足のために仕事をしてきました。今もその姿勢は同じです。」

藤原先生の“食”の原点は…。
岡山県の瀬戸内海に面した田舎町で育ったことでしょうか。漁師さんがよく魚を持って来てくれました。そんな魚を当たり前に食べていたせいか、進学のために上京し、初めてスーパーで買った魚を口に入れたときは、驚きました。新鮮な魚が如何に美味しいのか。衝撃的でしたね。食を意識した初めての出来事でした。」

どの業界であっても高い成果を上げられてきた先生は、「お金ではなく、お客様を一番大切にしてきました。結果は後から付いてくるものです。」と。現在、そのトップビジネスパーソンとしての実績を活かし、そして、幅広い食の知識とグローバルな見識で、料理人でもない、生産者でもない、食に関する知識を習得したスペシャリストとして活躍されている藤原先生は、“フードアナリスト界の星”と称されている。


そんな藤原先生の役割は「作り手と食べ手が笑顔になる架け橋になることです。」
まず、消費者(食べ手)に対しては、「消費者が正しい選択肢を持てるように、正しい情報を提供すること。それが、フードアナリストの役割です。人は、意識しなければ、食べ物から4~7kgの保存料や添加物を1年間に摂っています。食の正しい情報を得、知識を身に付けると、安心で安全な食を選ぶことができます。子供は、選択することができませんから、大人が知り、選ばなければいけません。」
そして、料理人やサービス提供者(作り手)に対しては、「素晴らしいサービスを提供する側の生産者や料理人を世に紹介すること。調理学、栄養学、フードコーディネート、テーブルコーディネート、インテリア、ホスピタリティなどのあらゆる角度から体系化した食に関する知識を習得した食のスペシャリストがフードアナリストです。食に纏わる知識を勉強することにより、消費者のことを考えサービスを提供する素晴らしい方々の仕事を知ることできます。生産者や料理人の優しさや思いやり、つまり、愛情を感じることができるのです。『With thanks and respects(感謝と敬いの気持ちを持って)』これは、(社)日本フードアナリスト協会の原点であるテーマです。“美味しい”の中に、更に作り手の愛情を読み取り、導き出し、世に伝えるのがフードアナリスト=食の評論家の役割です。」
「私はフードアナリストとして、消費者(食べ手)の安心&安全からくる信頼&笑顔。そして作り手の愛情が食べ手に伝わり、喜び&笑顔になる。そんな架け橋になれたらと思っています。」


日夜、研鑽を積まれている先生は、2008年、レストラン格付けガイドブック「アテナイオス」(2009年秋に発行)の格付選定委員会 委員長に就任された。 「厳しく評価します。評価は競争ではなく、信頼。食べ手と作り手の人間関係の信頼度です。だから、消費者(食べ手)におすすめしてはいけないものは、絶対におすすめしてはいけない。その評価が、サービス提供者(作り手)に対しての叱咤激励でもあるのです。先日、僕が、妻とあるレストランに行き、食事をしていた時のこと。同じお料理でも、座高に合わせて、一人ひとりの目線から正面が美しく見えるように高さを変えて盛り付けられたシェフがいました。そんなお皿に込められたメッセージを大切にしなければいけません。“美味しい”は口の中で30%、後の70%は脳が情報を食べ、判断しているのです。安心や安全、そして、料理人さんの一皿に込められた物語やレストランの演出を読み取る。素晴らしい作り手たちを正しく世に紹介したいと思っています。」レストラン格付けガイドブック「アテナイオス」